| #03 牧野哲夫 ─日本人としてできること、その意味 |
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| 作者 辻川紗矢 | 2009/06/19 金曜日 00:00:00 JST | ||||||||
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日本とアメリカにおける建築物に対する感覚の違い。アメリカの大学院時代の挫折から学んだ、デザイナーにとって最も大切なこと。それを現在の活躍の糧とし、日米
の違いを受け入れた上で、日本人だからこそできることを付加価値として提供する牧野氏。トレードマークのボウタイと、朗らかで親しみやすい笑顔がとても印象的だ。
──こちらでお仕事をされている理由からおうかがいします
結局、この仕事というのは、完成品を見せて「いいでしょう?」というだけで済むものではないんですよね。どうしてそれがこうなったという自分の目的や意図を口で伝えなきゃならない。つまりコミュニケーションの力が一番なんですよね。それを大学院の先生に言われました。実際、設計の課題で、かたや学部からそのまま大学院に上がってきた子と、かたや実務経験もあってその子より7~8才上という僕で、明らかに僕の方がきれいに描いて模型もきちんと作っているのに、評価は僕の方が下だったんですよ。自分で見ても絶対に僕の方が出来がいいと思っていたのにね。だけど、僕はそのとき「This is it」ぐらいしか説明ができなかった。それに対して彼はくしゃくしゃになりながらも、一生懸命プレゼンをしていたんです。それでその評価の理由を先生に聞きに行くと「テツオはやっぱりその辺が弱いね」と言われて。それでその時に、確かにお客さんに説明できなければどんなに良いものをつくっても意味が無いんだと痛感したんですよね。たとえばお客さんが家を改装したときに、新しくしたデザインについて、お客さん自身で説明できるようにしてあげなくちゃいけないんです。そのデザインの後ろにちゃんとストーリーがあって、しかもそれをお客さん自身で説明できれば、お客さんとしてそのデザインが非常にプラウドなものになりますから。だからそのためには、我々がお客さんにきちんと教えてあげられなければいけない。それで納得してもらったら、僕らがいなくてもお客さんが自分で説明できると。そういうところが、我々の仕事なんだと、そのとき理解したんです。──英語さえできれば優秀な建築家になれるわけではないけども、言葉も大事だと やっぱりコミュニケーションの能力ですよね。そういう風にお客さんが、自分の友達に説明できればお客さんも気持ちが良いし、そうなったらそのアーキテクトは誰だという話にもなるので、結局自分のところに返ってくると思うんですよね。そんなに簡単なものではないかもしれないけど。お客さんが不安になったり、混乱してしまったら全然意味がないですからね。 ──最近はどんなお仕事を? 今、とてつもないことをやってるんですよ、酸素の工場。大陽日酸という日本の会社の工場で、エアセパレッションというんですけど、空気を分解して酸素を抽出するというもので。あとはジェット機をつくる工場とか。工場専門というわけではないんですけど、なぜかそういう仕事が僕のところによく来るんですよ。 ──デザインということでは、そういった工場にも美しさなんかを追求したり? ![]() いや、工場はなにしろ機能重視で、全体が一つのマシンですからね。どちらかというとプロジェクトマネジメントという感じです。ノウハウや情報は日本にあって、それをアメリカでつくりたいというときに、実際に建てるアメリカ人やメキシコ人にも分かるように図面を引いたり、市役所の人たちにも理解してもらえるようなプレゼンを用意したり。だからデザインというより、そういうことをするのが仕事かなと思っているんです。認可やなんかがやっぱり大変で、 酸素をつくる工場なんて言ったら誰でも「えっ?」ってなりますよね。爆発するんじゃないかとかね。せっかく日本に素晴らしいノウハウがたくさんあって、エンジニアがたくさんいるんだから、その人たちが欲しい施設をつくりたいし、できたものに対して不満があっても、消防法とかの理由を納得するように説明できますし。何かあれば一緒にソリューションを探しましょうってできますからね。──日本とアメリカ両方の建築・設計業界を知っているからこそ橋渡し役になれると 言葉だけではなくて、やっぱり技術とか業界のノウハウを知っていることは、 そういったロジック・マネジメントをしていく上で必要なことだと思うんです。幸い日本でも仕事をした経験があるので日本の業界のことも一応分かっていますし。そういうことをするのが、僕は結構好きなんです。むしろそういったフォローの部分にこそ、付加価値があるんじゃないかと思います。それに関しては、日本人のクライアントもアメリカ人のクライアントも同じだと思います。特に建築が専門でない方にとっては、どういう風にアプローチをして、どういう風に修正したらいいかわからないだろうから、そういったことを公聴会みたいなところに行って説明をしたりだとか。そういう意味で、さっき言ったように、大学院で先生に言われたプレゼンテーションやコミュニケーションができる能力がすごく大切だというのは、この辺に活かせるんだと思うんですよね。──コミュニケーションをとる上で、気を遣っていることはありますか? そうですね、たとえば日本人の建物に対する考え方とアメリカのそれって違うんですよね。日本人的には住宅って、自分のものですよね。でもアメリカでは自分の家でも、建物自体が公共のものという価値観があるんです。自分の家だから赤や黄色で塗っていいというのではなくて、そのまちの中に溶け込まなくてはいけない。それから、そこに20年住むというと、日本人のスパンで考えれば20年後には取り壊すべきだってなるんだけれど、アメリカの場合は財産として残しますから、そうすると社会の中に残っていくので、次に買った人がきちんと住めるように、修繕するところは修繕しておかなくてはいけない。自分のものでも公共のものであるという、そういった感覚がアメリカでプロジェクトをするときに根本的に違うんじゃないかと思いますね。 ──そういった感覚の違いは、仕事の進め方などでも違ってきますか?日本だと最近いろいろあって確認申請の時間が延びたみたいですけど、それよりもアメリカは現場に入ってからのインスペクションの多いこと。アメリカの場合、まず基礎ができたらインスペクターが来て隣地境界線からどれだけの距離を取っているか訴求しなさいとか、次に鉄筋が入ったらそこでもコンクリ入れる前にインスペクターが鉄筋を調査して、建築だけじゃなくて電気とか最初から最後までインスペクターがチェックするんですよね。それこそ週一回ぐらいインスペクションが入るわけですよ。だからつくる方も手抜きはできないし、そういう意味では買う方も安心ですけどね。 ──法律も厳しい? もちろん法律もたくさんありますよ。ただ、感覚的にアメリカでは登記書を持っていようが持っていまいが関係なく、その建物は社会のものだという考えが前提にあるんですよね。みんながみんな好きにやって誰もコントロールする人間がいないとなると、人工のスラム街みたいになってしまう。アメリカはやっぱり最低のスタンダードを守っているから、そういう風に陥らないでできているんじゃないかと思います。 それと、アメリカの建築基準法って、決めているのが基本的に民間団体なんですよ。そこで常時研究されていて発信される。そうすると市町村ごとに、コアの部分は変えないですけど、どれを取り入れるとか、そこは取り入れないとか、細かいところを決めていくんです。だから法規としてはこちらの方がかなり時代に即していて、柔軟性、現実味はあると思いますね。材料を調べるにしてもその方法が規格化されていたり、そのデータが公表されていたり、カタログにもそれぞれのテストの方法が記載されていますし。その辺がかなり流動的で日本よりはかなり早いんじゃないかと思いますね。 ──最後に、牧野さんがデザイナーとして大切にしていることは何ですか? そうですね、やっぱりさっきの話に戻るんですけど、お客さんが満足することをコミュニケートできなければ、我々は失格だと思っています。だから色がきれいだとか、カタチがきれいだとか、そういうことはできて当たり前で、それをお客さんに伝えて満足してもらえる、ということが一番大切かなと思いますね。
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| 最終更新日 ( 2010/02/23 火曜日 20:04:28 JST ) | |||||||||
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れからデンバーの設計事務所に入って、その事務所で転勤になってロサンゼルスへ。だからロスへは日本から来たのではなくて、アメリカで順番に西に向かって来た感じですね。実際に東から西にやって来ると、ロスというのは日系の大きなコミュニティがあるというだけでなく、とても特殊な環境で、日本とアメリカの社会が本当の意味で融合していると感じます。教育で言えば、100%アメリカの教育を受けられるし、日本の教育も100%と言わないまでも80%は受けられる。それを同時に進行できる。そういう両立が他の地域と比べても割としやすいと思うんですよね。その辺が非常に魅力的で、暮らしやすい。
結局、この仕事というのは、完成品を見せて「いいでしょう?」というだけで済むものではないんですよね。どうしてそれがこうなったという自分の目的や意図を口で伝えなきゃならない。つまりコミュニケーションの力が一番なんですよね。それを大学院の先生に言われました。実際、設計の課題で、かたや学部からそのまま大学院に上がってきた子と、かたや実務経験もあってその子より7~8才上という僕で、明らかに僕の方がきれいに描いて模型もきちんと作っているのに、評価は僕の方が下だったんですよ。自分で見ても絶対に僕の方が出来がいいと思っていたのにね。だけど、僕はそのとき「This is it」ぐらいしか説明ができなかった。それに対して彼はくしゃくしゃになりながらも、一生懸命プレゼンをしていたんです。それでその評価の理由を先生に聞きに行くと「テツオはやっぱりその辺が弱いね」と言われて。それでその時に、確かにお客さんに説明できなければどんなに良いものをつくっても意味が無いんだと痛感したんですよね。たとえばお客さんが家を改装したときに、新しくしたデザインについて、お客さん自身で説明できるようにしてあげなくちゃいけないんです。そのデザインの後ろにちゃんとストーリーがあって、しかもそれをお客さん自身で説明できれば、お客さんとしてそのデザインが非常にプラウドなものになりますから。だからそのためには、我々がお客さんにきちんと教えてあげられなければいけない。それで納得してもらったら、僕らがいなくてもお客さんが自分で説明できると。そういうところが、我々の仕事なんだと、そのとき理解したんです。
酸素をつくる工場なんて言ったら誰でも「えっ?」ってなりますよね。爆発するんじゃないかとかね。せっかく日本に素晴らしいノウハウがたくさんあって、エンジニアがたくさんいるんだから、その人たちが欲しい施設をつくりたいし、できたものに対して不満があっても、消防法とかの理由を納得するように説明できますし。何かあれば一緒にソリューションを探しましょうってできますからね。
そういったロジック・マネジメントをしていく上で必要なことだと思うんです。幸い日本でも仕事をした経験があるので日本の業界のことも一応分かっていますし。そういうことをするのが、僕は結構好きなんです。むしろそういったフォローの部分にこそ、付加価値があるんじゃないかと思います。それに関しては、日本人のクライアントもアメリカ人のクライアントも同じだと思います。特に建築が専門でない方にとっては、どういう風にアプローチをして、どういう風に修正したらいいかわからないだろうから、そういったことを公聴会みたいなところに行って説明をしたりだとか。そういう意味で、さっき言ったように、大学院で先生に言われたプレゼンテーションやコミュニケーションができる能力がすごく大切だというのは、この辺に活かせるんだと思うんですよね。
──そういった感覚の違いは、仕事の進め方などでも違ってきますか?